石垣りん

挨拶           

ゝ/この焼けただれた顔は

一九四五年八月六日/この時広島にいた人/二五万人の焼けただれの一つ

すでにこの世にないもの

とはいえ/友よ/向き合った互いの顔を

も一度見直そう

戦火の跡もとどめぬ/すこやかな今日の顔/すがすがしい朝の顔を

その顔の中に明日の表情をさがすとき

私はりつぜんとするのだ

地球が原爆を数百個所持して

生と死のきわどい淵を歩くとき

なぜそんなにも安らかに

あなたは美しいのか

しずかに耳を澄ませ

何かが近づいてきはしないか

見きわめなければならないものは目の前に

えり分けなければならないものは

手の中にある

午前八時一五分は/毎朝やってくる

 

一九四五年八月六日の朝

一瞬にして死んだ二五万人の人すべて

いま在る/あなたの如く 私の如く/

やすらかに 美しく 油断していた



幻の花

庭に

今年の菊が咲いた

 

子どもの時

季節は目の前に

ひとつしか展開しなかった。

 

今は見える

去年の菊。

おととしの菊。

十年前の菊。

 

遠くから

まぼろしの花たちがあらわれ

今年の花を

連れ去ろうとしているのが見える。

ああこの菊も

 

そうして別れる

私もまた何かの手にひかれて。