吉野 弘

 

I was born

確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

 

ある夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと、青い夕霞の奥から浮き出るように、白い女がこちらへやってくる。物憂げにゆっくりと。

 

女は身重らしかった。父に気兼ねしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し、それがやがて、世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。

 

女はゆき過ぎた。

 

少年の思いは飛躍しやすい。その時 僕は<生まれる>ということが、まさしく<受身>

である訳を ふと諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。

―やっぱりI was bornなんだね―

父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。

―I was bornさ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね。―

その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼かった。僕にとってこのことは文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。

後略

夕焼け

いつものことだが

電車は満員だった。

そして

いつものことだが

若者と娘が腰をおろし

年寄りが立っていた。

うつむいていた娘が立って

としよりに席をゆずった。

そそくさととしよりが座った。

礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。

娘は座った。

別のとしよりが娘の前に

横合いから押されてきた。

娘はうつむいた。

しかし

また立って

席を

そのとしよりにゆずった。

としよりは次の駅で礼を言って降りた。

二度あることは と言う通り

別のとしよりが娘の前に

押し出された。

可哀想に

娘はうつむいて

そして今度は席を立たなかった。

次の駅も

次の駅も

下唇をキュッと噛んで

身体をこわばらせてー

僕は電車を降りた。

固くなってうつむいて

娘はどこまで行ったろう。

やさしい心の持ち主は

いつでもどこでも

我にもあらず受難者となる。

何故って

やさしい心の持ち主は

他人のつらさを自分のつらさのように

感じるから。

やさしい心に責められながら

娘はどこまでゆけるだろう。

下唇を噛んで

つらい気持ちで

美しい夕焼けも見ないで

生命は

生命は

自分自身だけでは完結できないように

つくられているらしい

花も

めしべとおしべが揃っているだけでは

不充分で

虫や風が訪れて

めしべとおしべを仲立ちする

生命は

その中に欠如を抱き

それを他者から満たしてもらうのだ

 

世界は多分

他者の総和

しかし

互いに

欠如を満たすなどとは

知りもせず

知らされもせず

ばらまかれている者同士

無関心でいられる間柄

ときに

うとましく思うことさえ許されている間柄

そのように

世界が緩やかに構成されているのは

なぜ?

 

花が咲いている

すぐ近くまで

虻の形をした他者が

光をまとって飛んできている

 

私も あるとき

誰かのための虻だったろう

 

あなたも あるとき

私のための風だったかもしれない

 

祝婚歌

二人が睦まじくいるためには

愚かでいるほうがいい

立派すぎないほうがいい

立派すぎることは

長持ちしないことだと気付いているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい

完璧なんて不自然なことだと

うそぶいているほうがいい

二人のうちどちらかが

ふざけているほうがいい

ずっこけているほうがいい

互いに非難することがあっても

非難できる資格が自分にあったかどうか

あとで

疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは

少しひかえめにするほうがいい

正しいことを言うときは

相手を傷つけやすいものだと

気付いているほうがいい

立派でありたいとか

正しくありたいとかいう

無理な緊張には

色目を使わず

ゆったり ゆたかに

光をあびているほうがいい

健康で 風に吹かれながら

生きていることのなつかしさに

ふと 胸が熱くなる

そんな日があってもいい

そして

なぜ胸が熱くなるのか

黙っていても二人にはわかるのであってほしい