会報「三名之川」2026年6月号
樋口 和徳
先日、大好きだった祖母が九十二歳で出直しました。
祖母は、いつもニコニコしていて、私のことをいつも応援してくれる人でした。
高校時代、寮生活をしていた頃には、袋いっぱいの差し入れを毎月のように届けてくれました。大学時代や教師をしていた頃も、下宿先の冷蔵庫がいっぱいになるほどの惣菜や冷凍食品を持ってきてくれ、「ちゃんと食べてるか」と気にかけてくれていました。
洗濯をし、部屋中を掃除し、トイレのカバーまで毎回きれいなものに取り替えてくれ、家がいつもピカピカだったのは、間違いなく祖母のおかげでした。
今思えば、あれが祖母なりの愛情だったのだと思います。
訃報を聞いた時はやはり寂しく、もっと話をしておけばよかった、もっと顔を見せておけばよかったという思いが浮かびました。
施設に入ってからは一度しか会うことができず、私のことをあまり覚えていない祖母を見るのが辛く、会いに行くことからどこか逃げてしまっていました。ですが今は、もっと会っておけばよかったと本当に思います。
そんな中、小学校二年生の長女に「ひいおばあちゃんが亡くなったんだよ」と伝えると、長女は、
「これからはいつもお空から見守ってくれるね」
「冨美代おばあちゃんもいるから寂しくないね」
と言いました。
その言葉を聞いて、子どもは素直に物事を受け取ることができるものだと、本当に教えられました。
私は子どもの頃からドラえもんが好きなのですが、その中に出てくるおばあちゃんの言葉に、こんなものがあります。
「人生で一番もったいない一日は、笑わなかった日だよ」
祖母もまた、いつも祖父の横でニコニコとしている人でした。
年齢を重ねる中で、腰が曲がり、歩きにくくなり、体が思うように動かせないといった大変な姿も見てきました。
それでも祖母は、周りを安心させるような笑顔を見せてくれていました。
お道では、日々、陽気ぐらしをするのだとお教えいただきます。
しかし、毎日楽しいことばかりではありません。
それでも笑顔や感謝を忘れずに通ることの大切さを、祖母の姿から改めて教えてもらったように思います。
今までたくさんの愛情を注いでくれたことに感謝しながら、今度は私自身が、周りの人を少しでも温かい気持ちにできるよう通らせていただきたいと思います。