四、配偶者の死

歳月は、人の悲しみをそれでも随分和らげてくれます。

しかし、そうはならない別れもあります。


配偶者の死は、その存在がかたわらからなくなることに加え、
これまで自分が最もつらく悲しい時、無条件に受け止めていてくれた胸を失うという、
二重の悲しみを背負うことになる。
若林一美


どんなに別れたくない夫婦でも、同じ時に死ぬことはできません。

終わりなき時に入らむに束の間の後前ありや 有りてかなしむ
土屋文明

土屋文明は、愛妻を一夜の病で亡くしたといいます。

何十億年という地球の歴史の中で、人間の一生などはほんの一瞬に過ぎないのかもしれません。

それでも、後に残された悲しみは、たとえようもなく深いものです。


先に死ぬしあわせなどを語りあひ
遊びに似つる去年までの日よ
清水房雄

元気なときに語っていたことが、現実になると、どれほど重く感じられることでしょうか。


歌人である永田和宏と河野裕子夫妻は、別れを次のように詠みました。

一日が過ぎれば一日減ってゆく君との時間 もうすぐ夏至だ
永田和宏

手をのべてあなたとあなたに触れたきに 息が足りないこの世の息が
河野裕子


身近な人を亡くした年、梅酒がうまく出来ないという話があります。

悲しみは、日々の何気ないところにも影を落とします。

梅酒 茨木のり子

梅酒を漬けるとき
いつも光太郎の詩をおもいだした

(中略)

十年間の哀しみの濃さ
グラスにふれて氷片のみがチリンと鳴る


高村光太郎は、亡き智恵子の残した梅酒を次のように詠んでいます。

梅酒 高村光太郎

死んだ智恵子が造っておいた瓶の梅酒は
十年の重みにどんより澱んで光を包み、

(中略)

この梅酒の芳りある甘さを
わたしはしづかにしづかに味はふ。


また、女性の立場からは次のような言葉もあります。

悲しめる友よ 永瀬清子

女性は男性よりさきに死んではいけない。
男性より一日でもあとに残って、挫折する彼を見送り、またそれを被わなければならない。

(中略)

悲しむこと、それ自体が大切な務めである。


配偶者との別れは、人生の中でも最も深い悲しみの一つです。

共に過ごした時間が長いほど、その喪失は大きく、日常のすべてに影響を与えます。

それでも人は、その悲しみとともに生きていくしかありません。


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