科学と非科学の間      安斎育郎氏

        「すべての人間は生きる価値がある」という命題が正しいと考えるか正しくないと考えるかは、人それぞれの価値観の選択の問題であって、科学から自動的に導かれる結論ではありません。このように、命にかかわるような重大な命題でありながら、科学から結論づけられないものもあるのです。

        科学的に証明されたものだけを信じる生き方も、一つの価値観です。しかし科学的に証明されていようといまいと、自分の心のおもむくままに、信じたいものを信じると言う生き方も、一つの価値観でしょう。ひとがどのような価値観をもつかは、その人の自由です。

        「神は実在する」という命題は、「科学的命題」です。神が実体をもった存在であるかどうかは、事実にてらして調べるべき問題でしょう。しかし「神を信じることは素晴らしい」という命題は、「価値的命題」です。神が実在するしないにかかわらず、神を信じるというのも一つの立場であり、それはそれで一つの価値観です。そうした価値観をとらない人が「実在するかどうかも定かでない神を信じて生きるなんて、愚かなことだ」と批判することはできるし、そうした批判は自由ですが、これは価値観の対立ですからいずれかに軍配を上げるという問題ではありません。人々がそれぞれの価値観にもとづいて神を「信じる」も「信じない」も、それは各人の完全な自由であって、科学がとやかくいう筋の問題ではありません。