ローマ人の物語 終りの始まり  塩野七生

◎快晴続きであった次の日には雨が降ることは珍しくない。一般の市民が誰でも雨傘を用意するくらいならば、指導者などは必要ないのである。一般の人よりは強大な権力を与えられている指導者の存在理由は、いつかは訪れる雨の日のために、人々の使える傘を用意しておくことにある 

◎ローマの凱旋式には以前は、白馬四頭の引く戦車を御すのは凱旋将軍自身で、その頭上に月桂樹の葉を模した黄金の冠をかかげ、「死すべき宿命にある人間であることを忘れるな」と、式の間中後ろから言いつづける奴隷が乗っているだけだった。

◎もしかしたら人類の歴史は、悪意ともいえる冷徹さで実行した場合の成功例と、善意あふれる動機ではじめられたことの失敗例で、大方埋まっていると言ってもよいかもしれない。善意が有効であるのは、即座に効果の現れれる、例えば慈善、のようなことに限るのではないか、と。歴史に親しめば親しむほどメランコリーになるのも、人間性の現実から目をそむけないかぎりはやむをえないと思ったりもする。

◎死ねば同じだが、死ぬまでは同じではない、という矜持をもってローマを背負った、リーダーたちの時代は終わったのである。