年頭ごあいさつ 167 

新年あけましておめでとうございます。

昨年は地方講習会があり、また五月三日には大教会創立百十周年記念祭と大きな行事が続きました。旧年中は教会の上にいろいろとお力添えをいただき誠にありがとうございます。

今年は、平成十八年一月二十六日に迎える教祖百二十年祭の三年千日活動の二年目の年でもあり、また教会としても昨年十二月教会隣地の買収の返済もさせていただかねばなりません。

本年もいろいろとお力添えいただかねばなりませんが、どうぞよろしくお願いいたします。

新年にあたり、今年も昨年一年の世の中の動きを振り返りながら、今年一年の私達の通り方を考えてみたいと思います。
一、             世界の現状

一昨年の年頭挨拶に、若者との断絶の中に、バベルの塔の崩壊を見るようだと書きましたが、さらにニューヨーク貿易センタービルのテロから、世界はバベルの塔が崩壊したように対話という神様から与えられた大事な特性の一つを忘れてしまったかのようです。
 アメリカの問答無用のイラク攻撃と戦争終結宣言後の混乱、そして自爆テロの増加。イスラエル・パレスチナの紛争や、アフガニスタン問題、ロシアのチェチェン紛争など、世界の混乱は生活格差、南北問題、宗教、民族問題などが複雑に絡まってますます混迷の度を深めていくようです。
 日本もイラクへの自衛隊派遣で大きな転換点を迎えそうな雰囲気です。
 一つの歯止めが消えると、事態は人々を置き去りにして勝手に進んでいきます。人々はあの戦争の悲惨さを忘れ、既成事実が既成事実を作り、以前初めて海外へ自衛隊が派遣されたときの上へ下への大騒ぎは、既にもう遠い昔のことです。
 「戦争が廊下の奥に立っていた」
 派遣される家族の人々にとっては、戦前のこんな詞が現実のものとして迫っているのではないでしょうか。
 そして国内では、相変わらず悲惨で粗暴な犯罪が続発しています。特に、親が子を殺したり、子が親を殺したりする犯罪さえも一つの事件がテレビや新聞紙上をそんなに長期間賑わすこともなくなりました。珍しくなくなったのです。
 どうしてこんなことになっているのでしょうか。

 二、ほんねとたてまえ
 昨年私は《「人間という得体の知れない妖怪を御ししきれるだけの力というものが、人間にはないのだということ」。 
 それは、「結局人間っていうものは、こんなものさ」と投げやりになるのではなく、「結局人間ていうものは、こんなものさ」という思いは、それぞれが自分の根底において、それを認めた上で何かを作り上げるために決して忘れてはならないものだと思っています。》と、書きました。
 「ほんねとたてまえ」という言い方で言うならば、「人間とはこんなものさ」という本音の上に、それを認めつつ新しい何かを作ることが、人間だと思うのです。
 日本はどちらかというと今まで「たてまえ」社会であったように思います。
 特に戦前は、強固な天皇制の社会であり、それを信じるか否かは別にして天皇は現人神として人々の上に立っていました。そして親の職業を代々継いでいく世襲や、人々の移動の少ない村社会の中で、世間様に笑われるというような言葉で代表される「世間」が目に見えない規範として一つの価値基準として機能していました。
 ところが敗戦後、天皇の人間宣言に代表される身分制度の崩壊、農地解放等による地域社会の平等化が起こりました。戦前には田舎でも歴然としてあった富裕層と貧困層の差も、右肩上がりの経済がそれを後押しして貧富層の底上げが行なわれ、一億総中流という言葉で代表される均一化をもたらしました。
 戦後都市部への人口集中と農山村の過疎化はより加速し、それに伴い親と子の職業は、今では違うのが当たり前になってきました。親子で同じ職業を継ぐことの少なくなったことは、親が子供に教えるという機会が減少し、家父長制の崩壊とあいまって、父は子供の尊敬をつかむ事がさらに難しくなりました。
 また一つの職業を一生まっとうするのが普通でしたが、最近はリストラ等で終身雇用制度までもが大きな揺らぎを見せています。
親しい近隣があり、長年の付き合いの必要な終身雇用があればこそ「たてまえ社会」が形作られ、見えない世間が実感として感じられていたのですが、世間という「たてまえ社会」の防波堤がなしくずしに崩壊することによって、今まで隠されてきた本音が、声高に叫ばれるようになってきました。 

三、  「ほんね」だけの行き着くところ
 「たてまえ社会」の崩壊は、一面では開放的な社会を出現させました。
 自分の考えを誰に気兼ねせず自由に話すことができ、結婚にしろ就職にしろ「家」というものの重圧をそう考えなくてもよくなりました。それに伴い就職観、結婚観や、男女の違い、また女性の地位一つを考えても、戦前とは雲泥の差があります。経済面についても奇跡的な成長を遂げ、現在停滞気味であるとはいえ、日本は世界でも有数の自由で平等で豊かな国になりました。 しかしその反面、戦前の家父長的家族制度は急激に崩壊しましたが、それに変わる新しい家族制度は未構築のままで、最近になって増えた猟奇的な犯罪や、親殺し、子殺し、幼児誘拐などの凶悪犯罪の頻発はそのことに無関係ではないように感じます。戦後育ちの人々の子供が、二十代の半数以上を占めるようになった現在、そんな事件は珍しくなくなったのか、一時は世間の耳目を引きますが、その原因が掘り下げられることもなく、もっと猟奇的な犯罪が次々と起こってくるような時代になってしまいました。
 私は昨年の巻頭言で、魯迅の「寒さで震える旅人に自分の着ているコートを与えるか、それとも菩提樹の下で全世界の人のために祈るかどちらかを選べといわれれば、すぐさま菩提樹の下で全世界の人々のために祈るだろう。なぜなら自分のコートを脱ぐことは寒いからである」という言葉をひきました。同感の言葉をもらいましたが、それは「自分の身体、そして命以上に大切なものはない」という人間の究極の本音をうまく言い当てているからだと思います。
 しかし、人のために祈るということへのある種の欺まん性と、自らを犠牲にすることの難しさを自らに問うたことがなければ、魯迅の言葉への共感は涌いてきません。逆にいえば、その難しさと欺まん性を知っているからこそ、魯迅の言葉が「ほんね」として人の心を打つのであって、「ほんね」だけしかない人にとって、魯迅の言葉は何の共感も沸かないのではないでしょうか。
 幼稚園や小学生に、この言葉を言っても、言葉の意味は理解できても共感は得られないのではないかと思います。コートを脱ぐなどということはもちろん思わず、また人のために祈ることのある種の欺まん性と、人のために祈ることの難しさを未だ自らに問うことがないからなのです。
 私達は幼児をかわいいとは思いますが、尊敬することはありません。
 今日本に大勢見られる、姿だけは大人になった幼児には、尊敬はもちろんかわいささえも感じられないのではないでしょうか。

 そんな幼児がそのまま大人になったような日本は今、壮大な実験をしているのかもしれません。
 「自分の身体、自分の命以上に大切なものはない」としか思わず、そして祈るべき宗教さえなくなったとき、人はどんな方向に進んでいくのかという、人類史上初めての壮大な実験をしているのかもしれません。 

四、世上が鏡

「世上が鏡 心通り鏡に映してある」(21・7・29)とお聞かせいただきます
 日本にあふれている大人の姿をした幼児、「ほんね」を声高に叫ぶことしか知らない人々は、果たして私達信仰者の心が映っているのではないのでしょうか。他人事のように言うのはよしましょう。自分の中に果たしてそんなところはないのかを考えてみなければなりません。
 自分の信仰が幼児化していないか、先人達の信仰と比べてみてどうなのかを考えるときいつも心に浮かぶことがあります。
 「命捨ててもと思うもののみつとめにかかれ」と、初代真柱様がおっしゃられた明治二十年一月二十六日のことです。人々は真柱様の思いを受けて敢然としてつとめにかかられます。このとき、「命捨てても」と思った人々も、そして私達も最初から、「自分の命を捨てても」と思って信仰に入ったのではありません。自分の病気をたすけて欲しい、自分の事情、家族の病気や事情をたすけて欲しいと思って信仰に入ったのです。まさに「自分の身体、自分の命以上に大切なものはない」と思っているからこそ、たすけてくれると思ったからこそこの信仰に入ったはずなのです。それが、明治二十年一月二十六日、百八十度変わっているのです。それは「自分の身体、自分の命よりも大切なものがある」と気づいたからなのです。
 それではおまえはどうなのか、「自分の身体、自分の命よりも大切なものがある」と本当に思っているのかと問われたら、私は素直に申し上げたいと思います。
 「自分の身体、自分の命よりも大切なものがある」ことを、信じています。信じてはいながら、果たして本当にそう行動できるのかと聞かれたとき、躊躇してしまう自分がどこかにいることも、残念ながら事実です。

五、大恩を忘れて
 それでも、最近少し思っていることがあります。それは何が神様のご守護かということです。 病気が良くなったり、事情がうまく収まることを私達はご守護と思い、それを願い勝ちです。しかし本当にそうでしょうか。病気が良くなることがご守護であるなら、人間は残念ながら必ず死ぬのですから結局ご守護はないということになります。(もちろん結果として、そして契機としてのご守護は必ずありますが、今はそのことについては詳述いたしません)
 最近私の「晴れ男」の異名が危機を迎えています。何かをするときはまず晴れたのに、最近よく嵐になったり、雨が降ったり、雪が降ったり散々な天気になることがあります。そうでなくても最近異常気象という言葉でいわれるように変な天気が多いようです。しかし考えてみると、表面はいろいろと異常気象のように見えますが、その奥は何も変わってはいません。地球が三百七十日かけて太陽の周りを回るようになったのでもなければ、二十時間で自転しているのでもありません。 
 「大恩を忘れて小恩送るようなことではならんで(34・2・4)」というおさしづがありますが、私達はその地球の大きなご守護に感謝することなく、今日は雨だとか、雪だとか、晴れだとかそんなことに一喜一憂しがちです。病気も事情もそんな毎日の天気でしかないのではないか。天気が自分達の日常生活に密接に関係しているのと同様に、病気や事情も自分たちの生きるという上に直接影響を与えますのでそのことばかりに目が行きますが、神様から見たらそれは本当は些細なことではないかと思います。
 晴れた日は用事がはかどるのと同じように、健康なときは勇んで仕事もできるでしょう。しかし予定外の雨で新しい発見をするときもあります。外へ出られないぶん、家の用事がはかどったり、読書をして思わぬ喜びを見出すこともあります。病気や事情も、かえってそれによって元気なときには見つけられなかったものを発見することも多いのです。
 病気や事情が起こってくることはつらいことです。しかし病気や事情は、「自分の身体、そして命以上に大切なものはない」と思っている自分が、「自分の身体、自分の命よりも大切なものがある」ことを発見できる大きな機会なのではないでしょうか。ただつらいことだけに目を向けるのではなく、その奥のもっと大きいご守護に目を向けるための契機となってはじめて貴方が病気になった甲斐があるのです。そうでなければ私達はもっと大きなご守護さえ失いかねないのです。 それは私達が毎日の天候に一喜一憂ばかりして、もう一つ大きな地球のご守護に感謝することもなく自分の好き勝手したつけを、今払わねばならなくなっていることを考えればよくわかるのではないでしょうか。地球温暖化、オゾン層の破壊、砂漠化等々、今言われている地球の危機は全て私達先進国といわれる国や人が「自分の身体、そして命以上に大切なものはない」と思い。行動してきた結果なのです。
 私達の信仰が、病気や事情のご守護に一喜一憂して、かえって本当の親の思い、私達がなすべきことを見失っているのとそれは本当に表裏一体のことなのです。
 地球大の大きな話と、一人の人間の小さな話。それは繋がっていないようで決して無関係でないと思います。日本人一人ひとりの生き方の総体が今の日本を形作っているのであるならば、今の日本をそして世界を変えるのは、やはり今の私達一人ひとりの生き方を転換するしかないのではないでしょうか。
 今の日本の実情を変えるのは、私達一人ひとりの思いにかかっているのだと思うのです。

六、どうすればよいのか

それではどうすればよいのか。
 わかるわけがありません。
 それが一番正直な答えです。
 どうすればよいのか、私にはわかりません。でも自分はどうすべきかは、ほのかに見えてきたように思います。
 私のような優柔不断で怠け者の人間は、どうしても毎日の生活の中で、信仰を見失い、ただ毎日を予定通り繰り返す生き方に流れてしまいがちになります。
 神様の理を立てるよりは、自分の都合に流され、神殿で額づくよりはコタツで頬杖をつきたくなるのです。そしてそれでも毎日が忙しければ、いっぱし何かをしているような気になれるものです。
 「自分の身体、自分の命よりも大切なものがある」といいながら、コタツで自分の身体を休めていたら、「おたすけに、参拝に行かせてもらいたいとは思ってますねん」と言ってはくれる信者さんに、それ以上話す言葉が見つからないのも当然です。
 そんな私を奮起させるのは、どんなものでもよい、自分で何か心を定めることしかないのだと思います。@
 「自分の身体、自分の命よりも大切なものがある」という言葉をもう少しやわらかく言い換えると、「自分の都合より大事なものがある」という言い方にもなるのではないかと思います。
 心を定めるというのは、自分の都合を神様の都合にあわせますということなのだと思います。次のようなおさしづがあります。
 「人間心病み、人間の心を立てて神の理そこ退け。そこで、どうもならん理になる。暗がりの理をもって通るから、暗がりになりたら足もと暗がりになる。
 人間心立てて神の理薄なる。神の理薄なりて何の守護有るか無いか、よう聞き分け。」
  私達の世界の現状が憂うべきものだとしたら、それは私達が自分達の都合を立てて、神様の理をどこかへ追いやっているせいなのです。それを変えるためには、私達の都合を、時間を神様に御供えすることから始めるべきなのではないでしょうか。

七、心を定めよう。
  私は人間が結局神様に供えることのできるものは、自分の時間と心だけだと思っています。お供えしたものに託した心と、そして自分の都合を捨てた時間だけを神様はお受け取りいただくのだと思います。
 心を定めるということは面白いものです。定めたつもりの心がいかにぐらぐら揺らぐか、私にいたってはその震度の大きさに自分ながらあきれるほどです。
 しかしその揺れを体験して、はじめて自分の心の中を少しは見つめられるのです。
 今年、教祖百二十年祭三年千日活動の真中の年、私は今年一つ小さな心定めをさせていただきました。
 その小さな心定めさえ実行するのに揺れ動く自分を見つめることが、私の百二十年祭への心の普請だと思っています。
 そして私と同じように信者さん皆さんにもそれぞれに、今年一年こう通らせていただきたいと心を定めていただきたいと思います。そしてその定めた心と、それさえも実行しにくい自分の心を見つめなおし、悩み、自らを掘り下げていくことが、成人の道とお聞かせいただく私達の信仰のあり方なのではないかと思います。A
 大きく言えば、私達信仰者一人ひとりがそういう道を通ることが、この幼児化した日本を変えていくことに繋がるのだと思います。悩むことを覚えるのが思春期であり、幼児から大人になるための避けられない道中なのですから。
 これで今年の長い年頭挨拶を終わらせていただきます。長文をお読みいただきました方。ありがとうございました。ここまで読んだ人はほとんどいないと思いますので、ここまで読んでいただいた方には大きな感謝を捧げます。そこで私なり、冨美代に出会った時、「水羊羹・みたらし」と言っていただければどちらか一品、ご希望のものを差し上げます。期限は二月末まで,、先着五名様に限らせていただきます。
です。

八、付録 
Aそう言われてもどんな心定めをしたらいいのかよく分からない人のために教会として今年のスローガンは、「教会へ参拝しよう」ということにいたしました。
 若い方には「教会特別カレンダー」も作ってお渡しいたしましたが、教会へ参拝したら何かあるのかと言われたら、それは神様しかわかりません。
 でも一つ分かっていることがあります。私が喜びます。私が喜んでも、別に皆さん方にはどうということはないでしょうが、私はうれしいのです。私を喜ばすためにも、どうぞ今年は一度でも多く教会へお帰りくださいますようお願いいたします。

@一昨年の鷲家のしば小屋の火事を契機に昨年五月の大教会百十周年記念祭までの一年半、教会として新しいものを買ったり、何か工事をするといったことは一切しないという小さな心定めをさせていただきました。心定めをしたとたん、いろいろなものが壊れるという不都合も出てきましたが、曲がりなりにも頑張らせていただいた昨年五月、心定めの切れる月に、教会に隣地買収の話がありました。人間思案でいろいろと悩みました。ある人に会長さんの心定めは反動が大きすぎると冗談を言われましたが、(その人は本気だったかもしれませんが)まるで天から降って沸いたような話に人間思案をやめ、買わせていただくことにしました。
 それがご守護になるのか、そうではないのかはこれからの私の通り方にかかっていますが、それはそれとしても、やはり不思議なことであり、有り難いことだと思っています。