百年史④

四代会長時代

四代会長 樋口喜徳は、昭和十五年十一月七日、三代会長 樋口金徳の長男として生まれました。

幼い頃から教会に育ち、たすけ一条に通りきる親の姿に、子どもながら深く感服していました。


和歌山大学経済学部を卒業後、南都銀行に勤務していましたが、三代会長の上級鷲家分教会長就任にあたり、道一条を決意します。

勤めを辞め、昭和四十二年三月二十六日、会長任命の理のお許しをいただき、四代会長に就任しました。


就任後、豊岡大教会の木岡美知子と結婚し、二男一女を授かりました。

夫婦で心を合わせ、教信者の丹精に力を注ぎました。

昭和四十六年には炊事場および教職舎を建築し、昭和五十年には付属建物の一部を増改築し、教会正面前庭の面目も一新しました。


昭和五十一年十一月二十六日には、大阪市天王寺区に前田元枝を所長として鷲三佐布教所を設置しました。

同年十二月二十四日には、奈良県橿原市に西村文子を所長として、鷲三西布教所を設置しました。

昭和五十七年十二月二十六日には、鷲三佐布教所が前田政夫を初代会長として、鷲三須分教会として結実しました。


会長は自教会はもちろん、大教会の役員としても東奔西走し、おたすけに教務に尽くしました。

その中で教勢も上がり、三名之川も信仰の上でも形の上でも、大きな御守護をいただくようになりました。

平成二年、上級鷲家分教会会長就任のため、弟 樋口孝徳に後任を譲り辞任しました。


四代会長 教歴

  • 昭和三十四年 一月三十一日 おさづけの理拝戴
  • 昭和四十一年 十一月五日 教師補命
  • 昭和四十二年 三月二十六日 四代会長拝命
  • 平成二年 六月二十六日 辞任

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